千葉県印西市で、責任世代の人が野のへらぶな釣りを通じて心を整え、自信を取り戻す応援をしています

春にはまだ早いけれど──印旛沼に誘われて

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2025年2月24日。晴天の午後、まだ時期は早いかという予想が頭をよぎりながらも、野のへらぶなとの出会いを待ちきれず、目当ての釣り場へ車を走らせた。

毎年、春の乗っ込み期に必ず一度は訪れるこの釣り場。

案の定、自分の外に車は一台も止っていない。

ライバルがいないことに内心ほっとし、はやる気持ちを抑えつつ、手早く車から道具を出す。

この釣り場は、駐車スペースから水際まで、蘆原の中を100m程度歩かねばならない。

誰か他のへら師が何度か通った形跡のある、蘆原に伸びる一本道。

湿り気のある柔らかい土に時折足を取られながら、お目当ての場所へ急ぐ。

今日の開拓ポイントはここだ。

この10mほど先には、毎年乗っ込み期に釣り座を構えている常連へら師のポイントがある。

だから、縄張りを荒らさないように十分距離を取りつつ、自分用の釣り座を開拓するのだ。

茫々とした枯れ蘆。

これを持ってきた折り畳みのこぎりでザクザク切って穴を開けていく。

頭の中では、蘆を刈り終わった完成した釣り座がイメージ出来ている。

このポイントは水深が1m程度。使用する竿の長さは、乗っ込み最盛期には岸に近い朝場にへらぶなが回遊するのを狙って8尺。

ハタキの前には、産卵待機組のへらぶな達が泳いでいるであろう沖目のポイントを狙うので15尺もあれば十分だろう。

だから、15尺の竿を振っても蘆に仕掛けを引っかけない程度に釣り座両側と背後の蘆を刈っておくのだ。

20分ほど経過しただろうか。

さっきまで寒かったはずが、黙々と蘆を刈っていたらじんわりと汗ばんできた。

釣り座周囲の大まかな蘆刈りは終わり、水辺が顔を出す。

刈った蘆を敷き詰め、釣り道具を置けるようにする。

こうしておけば、泥や土で道具が汚れるのを防げる。
言ってみれば、すのこのようなものだ。

自分だけの釣り座が出来上がると、そこはかとなく達成感が湧いてくる。

ここは自分が開拓した場所なんだ。という満足感。

ポイントの開拓ができたら、次は道具のセッティング。

自分が釣りをする時に、それぞれの道具がどこに配置されていれば快適に釣りができるかをイメージして配置を決める。

右手で持つ竿はここ。

左手に持つ玉網の柄はここ。

自分の体の前にはエサと小道具類。

体を左右に少し動かせば、全ての道具類にアクセスできる、快適な配置。

長時間座った状態で釣りをするへらぶな釣りでは、如何にストレスなく釣りの所作を繰り返すかも大切な要素だ。

ひとしきり、道具のセッティングが終わり、空を仰ぎ見れば、広大な沼の上に暖かい太陽の陽ざし、晴天にふわふわとした雲が浮かぶ。

誰もいないこの釣り場で、自分だけがこの清々しい景色を味わっている。

最高の贅沢じゃないか。

あぁ、やっぱり野釣りっていいよなぁ。

この解放感がたまらない。

エサの準備も出来て、いよいよ釣りを開始する。

さあ、今日はへらぶなに出会うことができるか?

ワクワクとドキドキが交錯する、この待ちの時間。

いつ何時、どんなに僅かな浮きの変化があっても見逃さない。

そんな気持ちで波間に漂う小さな浮きのトップを見つめ続ける。

それにしても、今日は西風が強い。

時間が経つにつれて波がうねりから白波に変化してきた。

時折高い波が浮きのトップを飲み込んでしまうほどだ。

防寒着のフードを目深にかぶり、かじかんできた手を時折ポケットに突っ込んで温める。

今日はアタリを貰うのは難しいかな・・・

でも、まだこの時期、アタリを貰えないことは珍しいことじゃない。

大分日が傾いてきた。

風というものは、日が高くなって気温が上がると強くなって、同時に波が出てくるが、日が落ちてくると次第に落ち着いてくることが多い。

波も少しづつ穏やかになってくる。

自然って、不思議なものだ。

無風のべた凪の釣り日和よりも、むしろ天気が荒れている方がアタリを貰えたりする。

魚の警戒心が解けるためのようだ。

だから、今日のような日はむしろ、アタリを貰える可能性がある、とポジティブに考える。

普段の仕事では、困難な状況に追い込まれると、ネガティブ思考に陥ってしまう自分だけれど

何故かへらぶな釣りでは、厳しいコンディションでも、それってチャンスかも?と思考が転換できるようになる。

この考え方を普段も出来るようになりたいものだ。

そろそろ日暮れの時間。

道具を片付けてから、一息入れる。

水に漂う蘆の先に、高度が下がってきた太陽が色を帯びてきた。

いかにも魚がつれそうな気配が漂うこの釣り場。

きっとまだへらぶな達がここに回遊してくるには少し早かったのだろう。

でも、まずは自分が釣りを出来る場所を自ら作ったことで

また釣行するきっかけが出来た。

それに、釣れなくてもこの美しい景色を独り占めできる時間があれば

それでいいじゃないか。

私は幸せ者だ。

なぜなら、こんな素晴らしい釣り場が身近にあるのだから。

さあ、次は何処の釣り場に行こうか。

オデコ(魚が全く釣れないこと)のことなどすっかり忘れて

次の釣行に想いを馳せる。

きっと次こそは。

自分が心底ポジティブ思考になれるのが、野のへらぶな釣りなのだ。

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