第2回 自然の中で一人になる勇気と心の安定
「理不尽な職場での扱い」や、「心を開いて本音を打ち明けられる相手がいない孤独感」に悩むあなたへ、野のへらぶな釣りがもたらす「癒し」、「変化の力」をお伝えしています。
第1週目のテーマは、はじめての「心を整える」へらぶな釣り。今日は第2回目として、
「自然の中で一人になる勇気と心の安定」
というお話をしたいと思います。
私の記事ではこれから、自然のことを「野」と呼ぶことにします。なぜなら私は、「自然」という言葉よりも、「野」という響きの方が身近で、そして優しいと感じていて、この言葉に特別な愛着を持っているからです。
忙しい日常から離れる決意
真っすぐ歩くのも容易でないほど、ごみごみと人が密集している大都市圏の公共交通機関。毎日すし詰め状態で、会社に通勤しなければならない。
会社に着くと、終わりが見えないほどの、山のような仕事が待っている。あくせくと時間に追われる毎日を過ごしていると、
「誰にも邪魔されない静かな場所で一人静かに過ごしてみたい。」
と思ったり、テレビ番組で、一人きりで森の中でのキャンプや、山間を流れる清流での釣りを楽しんでいるシーンなどを目にすると、そんな人のことを、
「あの人は贅沢だよなぁ。それに引き換え、自分は何て不自由で窮屈な生活を強いられて居るのだろう・・・。」
と、憧れや嫉妬を感じてしまうことがあるのではないでしょうか?
しかしながら、「一人で自然に向き合う」ということは、実は簡単ではありません。
皮肉にも、慌ただしい環境に身を置くことに慣れて、感覚が鈍ってしまったあなたが、絶え間なく続く、仕事や人間関係のしがらみから離れるには、ほんの少しの勇気が必要です。
野で一人になるという行為は、「寂しさ」や「孤独」を覚えるだけではなく、心の内側にある感情や考えと向き合う時間でもあります。
このため、野での孤独な時間には、ある種の心の強さと勇気が必要なのです。
それはなぜか?
何故なら、心の内側にある感情や考えと向き合うことは、「普段目を背けているもの」と向き合うことになるからです。
一人きりの時間を過ごしていると、辛さや不安、過去の失敗、自分の弱さやネガティブな感情が、ふと沸き上がってきます。
ですが、それはあなただけがネガティブ思考だからとか、特殊な思考パターンを持つ人間だからという訳ではありません。
人は誰でも、このような心理状態になるものなのです。それは、人間の脳が進化の過程で、
「ネガティブバイアス」
を発達させてきたからです。
ネガティブバイアスとは、潜在的な危険を避けて生存率を上げるために役立つ仕組みです。
原始の時代、人類が子孫を絶やさないためには、身体能力がその他の動物より劣っている自分たちを猛獣などから守るように、常に危険に反応出来る状態で身構えて居なければなりませんでした。
このため、より危険に対して感度高く、先の事に対して警戒するように脳が進化していったのです。
そのような脳の性質が代々受け継がれているため、安全な環境で暮らしていける現代になっても、その名残が根強く残っていると言えるでしょう。
一人で何もしていないとき、脳は外部からの情報が少なくなるため、内部の思考に焦点を移し、潜在的な問題や危険を探ろうとします。その結果、ネガティブな考えに傾きやすくなります。
また、「こうありたい自分」と、「今の至らない自分」の間のギャップに意識が行ったり、孤独でいる自分に意識が行くことで、
「誰も自分を理解してくれない」
「自分には一人も味方がいないんだ」
といった孤独感や恐怖の感情が湧いたりもします。
あなたももしかすると、そんな経験をしたことがあるのではないでしょうか?
このように、あえて目を背けているような不快な事から目をそらさず、勇気を持って受け止めることで初めて、心を軽くしたり、次に進むための解決策を見つけられるのです。
野が与えてくれる心の安定感
野に身を置くと、不思議と心が落ち着き、リラックスした気持ちになることがあります。これは脳科学的にも裏付けられています。
緑豊かな環境が、ストレスを感じたときに分泌されるホルモンである「コルチゾール」のレベルを低下させるということが、九州大学大学院の研究で確認されているのです。
野の中にいると、交感神経(緊張やストレス時に活性化する)が抑制され、副交感神経(リラックス時に活性化する)が優位になります。その結果、心の安定に寄与することになります。
特に、静かな川辺でへらぶな釣りをする時間は、野の音や風、そして水面に映る景色が心に癒しを与え、安心感をもたらします。
会社での人間関係から生まれるプレッシャーや周囲からの期待を手放し、自分の心が本当に求めている「静けさ」を感じることができるのです。
野は無理にポジティブな感情を押し付けたりせず、ただ静かにその場所に存在しているだけですが、そのシンプルな存在が、心を穏やかにしてくれます。
孤独が教えてくれる自分との向き合い方
自然の中で一人になると、自分自身と深く向き合う機会が訪れます。
普段は気付かない、心の奥底にある不安や、見ないふりをしてきた葛藤に、目を向けることができるのです。
野で感じる孤独は、人といる時に感じる孤独とは異なり、自分の存在そのものと正直に向き合う場を与えてくれます。
へらぶな釣りをしているとき、一匹の魚を待つ静寂の時間は自己対話の場となり、自分の考え方や価値観について再認識するきっかけになります。
一人であるからこそ、自分自身に嘘をつかず、心の内側にある本音や、感じているものに耳を傾けることができるのです。
ここで、「おや?ちょっと待てよ?」
「浮きの動きに集中しながら、自己対話をするのは矛盾している!」
「今に集中している時に別のことを考えたりできるはずがない。」
もしかして、あなたはそんな疑問を抱きましたか?
一見すると、「今目の前のことに集中する(マインドフルネスな状態)」行為と「自己と対話する(自己洞察)」行為は相反するように思えますよね?
ですが、心理学や神経科学的視点から見ると、この二つはむしろ、補完的な関係にあります。
マインドフルネスによって心の雑音を減らすことで、自己洞察が深まりやすくなります。内省を行う際、マインドフルな状態であれば、感情的に偏った解釈ではなく、より客観的に自分を見つめることが可能です。
例えば、悩んでいるとき、マインドフルネスの瞑想を通じて心を落ち着けてから内省を行うと、過去の失敗や課題についての冷静な分析ができるようになることからも、「マインドフルネスと自己洞察は相互補完的な関係にある」ということが出来るのではないでしょうか?
普段、私たちの心は過去の後悔や未来への不安、日々の煩雑な考え事に囚われがちです。
しかし、浮きの動きや水面の変化に集中しているとき、これらの雑念は自然と消え去り、心が「今ここ」に引き戻されます。つまり、マインドフルネスな状態になる訳ですね。
この状態では、頭の中の不要なノイズが減少し、自分の本来の感情や思考が浮かび上がりやすくなるのです。
まとめ
野で一人の時間を過ごすことは、心に安定と深い安心感をもたらします。それは、日常から切り離され、混雑と喧噪から解放されることで、自分自身を見つめ直す機会を与えてくれるからです。
孤独であることを恐れず、野で過ごす時間が心のリセットとなり、新たなエネルギーを生み出す源となります。
心が乱れているときこそ、自然の静寂の中で「一人になる勇気」を持ってみてください。そこには、無理せず自分を受け入れられる心の安定がきっと待っています。