千葉県印西市で、責任世代の人が野のへらぶな釣りを通じて心を整え、自信を取り戻す応援をしています

へらぶな釣りは45歳からでも遅くない!憧れを叶えた僕の実体験

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私が10歳の頃、テレビ放映されるようになったアニメ「釣りキチ三平」。

私がへらぶな釣りへの憧れを抱くようになったのは、このアニメと出会ったからだ。

「釣りキチ三平」は、矢口高雄氏による漫画を原作としたアニメで、1979年から1982年にかけてテレビ放映された。

主人公は秋田県の田舎に住む少年・三平三平(みひら さんぺい)。

天才的な釣りの腕前を持ち、全国各地を巡ってさまざまな魚と出会い、釣り勝負に挑む姿が描かれている。

物語は釣りの知識や自然の美しさ、人との出会いと成長を織り交ぜながら展開し、当時の子どもたちに釣りブームを巻き起こした。

へらぶな釣りや鮎釣り、ルアー釣りなど多彩な釣法が登場し、釣りの魅力を伝える名作である。

物心ついた頃から父に釣りに連れて行ってもらっていた、釣り好きな私。

このアニメとの出会いは、自分自身と三平少年を重ねるような感覚で、様々な釣りへの興味を抱かせた。

釣りの技術や釣り用語の知識も、この番組のおかげで少しづつ身に付いていった。

中でもへらぶな釣りは、少年だった私にとって、釣ることが難しいと言われるへらぶなをターゲットとする、釣り上級者でないと手が出せない高嶺の花のような存在だった。

少しづつ買い揃えた釣り道具

さらに、この釣りのシーンを見ると、竿と仕掛けという、子供でも分かる道具に加え、釣りをするための台や、竿を置くための道具がなければならないのだと知った。

こんな大がかりな道具は見たこともないし、そもそも何処に行けば買えるのかすら見当も付かなかった。

・・・というのは今振り返って思うことで、当時小学生だった私は、アニメのストーリーに夢中で、そんな細かいことまで思い至りすらしなかった。

35年越しの再会

あの頃から35年後、私が45歳になったとき、まさかあの憧れだったへらぶな釣りと再会できる日が来るとは思ってもみなかった。

45歳の頃の私は、大学院を修了し新卒で入社後16年務めた会社を辞めて、最初の転職をして3年が経過していた。

発展途上国を対象とした日本政府による国際協力事業を、主に国際協力機構(JICA)などの公的機関から請負う開発コンサルタント業界に身を置いていた私。

電力分野の専門家という肩書きで、パキスタン北部地域に電力インフラを建設する円借款事業の事業性を検討するプロジェクトチームのメンバーの一人として、3ヶ月に1回程度の頻度で、ラホールや首都のイスラマバードへ出張していた。

ラホール市内のレストランから夜の街を臨む

私にとってパキスタンは、常にテロや犯罪に巻き込まれるリスクと隣り合わせの、一時たりとも警戒を怠れない国だった。

その上、宗教、生活習慣、人の考え方、仕事への取り組み方の違いが、時に日本人の感覚からは理解できないことも多く、現地滞在中は常に緊張の糸がピンと張った状態だった。

帰国する時はいつでも、飛行機が空港を離陸し、オレンジ色がかった照明が点在する夜のラホールの市街地を見下ろした瞬間、緊張の糸が切れて「やっと日本に帰れる」と胸を撫で下ろすのだった。

私は知らず知らずのうちに心の疲れが蓄積し、疲弊していった。

また、この頃は人に頼ることが苦手で、更には自分と同分野を専門とする同僚や部下、上司が存在しなかったため、困った時に相談できる人物も居なかった。

孤独感、疎外感を常に感じながら、折角の日本で過ごす貴重な週末も、心から休む事が出来なかった。

そんな日常を過ごしていた2015年の夏、当時小学生だった娘が、地域の子供たちを対象にした川めぐりのイベントに参加した。

そのことを帰宅した娘から聞かせられたときに、

「釣りをしているおじさんがいたよ。」

という言葉に不意に私の好奇心のアンテナが立った。

いんざいぶらり川めぐりのホームページ(https://www.city.inzai.lg.jp/0000001281.html)から借用

私は幼い頃に父から教わって以来、子供の頃から釣りが大好きで、結婚した後も、子供が産まれる前は、時々海に釣りに行っていた。

だが、30歳の時に、最初に入った会社の本社に異動となってからは、出世を目指して仕事に明け暮れ、家族も顧みないほど仕事最優先の生活を送るようになった。

そしていつしか、釣りという言葉自体が自分の記憶の奥底に沈んでいった。

それから15年の歳月が経った45歳の疲れ切った私の記憶の深い海の底から、キラリと光る「釣り熱」が引き揚げられたのだ。

私は娘に、

「そのおじさんが釣りをしていた場所を教えてくれる?一緒に釣りに行ってみよう!」

と答えていた。

そして案内してもらった場所がこの川だった。

千葉県印西市を流れる弁天川

まだどんな魚が釣れるのかも知らないまま、15年間しまいっぱなしだった釣り道具の入ったタックルボックスと、渓流釣り用の短く仕舞える竿、海水浴に持っていったバケツといった、あり合わせの道具達を持って現場へ向かった。

その日はエサすら持っていなかった。

現地に着いた時、確かに1、2人が竿を出していた。

その竿の模様を見た瞬間、私の子供の頃の記憶が甦ってきた。

あの竿の模様は、へら竿じゃないか!

黄土色がかった素地に黒で段巻に施された模様。

昔父に釣具屋に連れて行ってもらった時に見たことのある、へらぶな釣り用の竿の模様のことだ。

段巻き模様のへら竿(黒い帯の模様が無いのは竿掛け)

35年の歳月を飛び越えて、アニメで見た、憧れだったへらぶな釣りのシーンが私の脳裏に蘇ってきた。

とは言え、こちらは有り合わせの釣り道具をかき集めて持ってきただけで、とてもへらぶな釣りを出来るような装備ではなかった。

この時既に私の頭の中では、

「へらぶな釣りの道具を揃えなければ…」

と、次の行動目標が浮かんでいた。

私は娘と一緒に折り畳み椅子を出し、渓流竿に川釣り用の仕掛けを結びつけ、一通りセッティングを終えてからエサを探すことにした。

私の幼少期、父に運河へハゼ釣りに連れて行ってもらう日はいつでも、近所の畑の堆肥の山を掘り返してミミズを取ってから釣り場へ出掛けていた。

また、少年時代には、川でオイカワを釣る際、岸の砂地を掘り返してミミズを取り、それを餌にして釣りをしていた。

その経験から、川岸の土のある場所にはきっとミミズがいるだろうことを感覚的に知っていた。

娘とコンクリート護岸と擁壁の間に雑草が生えている場所を見つけ、草の生えている土を掘ってみると、案の定、小さなミミズ達が出てきた。

娘はそれを見て、

「パパ、ミミズがいたね!これで釣りが出来るね。」

と大喜び。

私も何だか誇らしい気分になった。

この時点では、まだこの目の前の川でどんな魚が釣れるのかという事前情報は持っていなかった。

とにかく、ミミズをエサにしたら何か魚が釣れるのか、試してみよう。

そんなワクワクする気持ちでエサを投げ打った。

この川は、常時緩い流れがあり、川底に着いたエサは次第に移動していく。

右から左へ緩い流れがある弁天川

川上にエサを打って、川下に2mほどウキの位置が移動すると、一旦仕掛けを回収して、また川上にエサを打つという動作を繰り返す。

川底のほぼ同じ範囲に、何度もミミズがジワジワと動いていく感じだ。

エサのミミズは、ハリに付けたての時は元気だが、何度か川の中に沈められると次第に弱って動かなくなってしまう。

そこまで何もアタリがなければ、新しいミミズに付け替える作業を繰り返す。

どのぐらい時間が経過しただろうか?

30分は経たないうちに、ウキが動き始めた記憶がある。

何の変化もなく水面を移動していくウキの流れる速度が遅くなったと思うと、ウキに小さな動きが出る。

この時は、確か玉ウキを使っていたと思うが、玉ウキはアタリが出ると、水面をぴょこぴょこと上下に動き、波紋をたてる。

その上下方向の動きが大きくなった時を見計らって合わせを入れた。

すると、小気味良い生命感を感じさせる、プルプルという振動と張力が、竿を握る手に伝わってきた。

その時釣れたマブナの写真が一枚だけ残っていた。

唯一残っていた、当時釣りあげたマブナの写真

この後もマブナは釣れ続けた。

エサを投入すると、すぐにウキが動き出し、面白いように釣れた。

釣ったマブナたちは、水を汲んだバケツに入れて活かしておいたのだが、気が付くと、もはやバケツの中には泳げないほどぎゅうぎゅうに魚が入っていることに気付いた。

急いで小さなマブナたちを、一度川にリリースしてから釣りを続けた。

これに気をよくして、私と娘は数週間にわたって、毎週のように同じ場所に釣りに行くようになっていた。

へらぶな釣りの世界への入り口

流石に初回の釣りと同じ道具のままでは快適に釣りができないということで、どこか近所に手ごろな釣具店がないかネット検索して探したところ、ちょうどよい場所に昔ながらの釣り具店があるのを発見した。

お世話になった佐藤釣具店さん

この釣り具店の店主さんとの出会いが、へらぶな釣りの世界の入り口になった。

写真でわかるように、看板も掲げられていない店構え。

初めて通りかかったときは、思わず車で行きすぎてしまったほどだ。

娘と二人、恐る恐る引き戸を開け、薄暗く静まり返った店内に向かって「ごめんください!」とあいさつをした。

すると、店内の奥から高齢の女性が出てきた。

どうやらこの方が店主らしかった。

私は、へらぶな釣りの道具を買いに来たこと、これまでへらぶな釣りをやったことがなく、何から買い揃えればよいかわからないこと、この近くの川でへらぶなが釣れるかについて尋ねた。

店主によると、先ほど釣りをした川には、昔はへらぶなが生息していたそうだが、ある時期からへらぶながめっきり釣れなくなったため、今では釣り人達の足が遠のいてしまったと教えてくれた。

また、この釣り具店では、昔からへらぶな釣り用の道具を販売していて、常連のへら師達が多く集っていたそうだが、そのような人達も高齢になり、釣りをやめてしまう人が多くなり、今は使わなくなってしまった道具を買い取って、中古品として販売もしているとのことだった。

私は娘と一緒に、その店主の昔話に聞き入り、更にはかつての釣りキチ達が愛用していたへら竿やへら浮き、竿掛け、玉網や小物入れ類を見せてもらった。

中古品といいながらも、もともとそれなりに良い品物だったものばかりで、一つ一つの商品を手に取らせてもらうだけでも心が躍った。

昔のへら師達はこういう道具で釣りをしていたのか。

その姿を妄想するだけでも、ワクワクがどんどん高まっていく。

新品であれば当時数万円はしたであろう竿を、店主は1万円を切るような値段におまけしてくれたり、へら浮きも、孔雀の羽2枚合わせのような、当時であれば手が出なかったほどの高級品も、中古品ということで1本数千円で売ってくれた。

この日は、竿1本と浮き1本、それにへらぶな釣り用のエサ(これは新品)、道糸などの小物一式を買って、店を後にした。

自宅に帰る道中も胸は高鳴りっぱなしだった。一刻も早く家に帰り、今買ってきたばかりの小物で仕掛けを作りたい。どんな仕掛けを作ったらよいか調べなければ・・・。

頭の中はそんな考えでいっぱいだった。

へらぶな釣りの沼に足を踏み入れた私は、それからどんどん深みにはまっていくことになった。

1本の竿を買い、そして釣り場に行くと、別のへら師が釣りをしている現場を見ることになる。

常連のへら師は、その釣り場の特性を熟知しているので、状況に合わせた道具、仕掛けのセッティング、エサを使うため、私の数m横で何度も竿を絞る(つまり、アタリがあって合わせを入れてへらぶなを釣りあげる。)。

一方、私は買ったばかりのたった1本の竿と1種類のエサでしか勝負できない。

当然、そんな準備では、へらぶなを1枚釣りあげるどころか、アタリの一つももらえずに何時間も待ちぼうけで日が暮れてしまう。

この雲泥の差を見せつけられて、悔しくないわけがない。

こんなみじめな思いをした日の夕暮れ、あなたならどんな気持ちで家路に就くだろうか?

「もうへらぶな釣りなんかや~めた。」

そう思うだろうか?

釣りに興味のない方なら、きっとこれっきり、へらぶな釣りに出掛けることはなくなるのではないだろうか?

しかし、私は全くそんな気持ちにはならなかった。

むしろ、

「あのへら師と同じ長さの竿さえあれば釣れたかもしれない。今の自分の竿では魚がいる場所に届かなかったから釣れなかったに違いない!」

「またお小遣いを貯めて、次はもっと長い竿を買ってリベンジしたい!」

そんな闘志のような熱い思いが混みあけて来るのだった。

全く面白いもので、日々の仕事では、一度打ちのめされるとやる気がガタ落ちちたり、気持ちの落ち込みからなかなか立ち直れないというのに、

へらぶな釣りというと、なぜそこまで思いっきりポジティブ思考になれるのだろうか。

45歳はまだひよっこ

45歳でロマンと魅力に取りつかれ、徐々に沼にはまっていったへらぶな釣り。

「自分はもう45歳。今さらへらぶな釣りを始めるなんて遅すぎる・・・」

そんな気持ちは露ほども心に感じたことはなかった。

会社員を定年になってから、毎日のように釣り場に繰り出すパワフルな人生の先輩たち。

自分の足では釣り場に通えなくなり、我が子や義理の子供に車で送迎してもらいながらもへらぶな釣りをやめない80代の大ベテランへら師。

そんな人たちの姿を見ていたら、へらぶな釣りの世界では45歳などまだまだひよっこのようなもの。

何を躊躇している暇があるだろうか?

45歳という”若者”だからこそ、まだまだ伸び盛りだし、無知を恥じることなく、知らないことは素直に経験者に聞けばいい。

会社では45歳などというと、それなりに会社員歴も長くなり、人に聞くということがまるで恥ずかしいことのように感じたり、知らないことは恥だと思う変なプライドが邪魔してしまうものだが、

そもそもそれだっておかしな話なのだ。

何歳になっても、初めて経験することは、誰だって何もわからないところから勉強して少しづつわかるようになる。

若くても何かを熟知している人というのは、たまたまそのことを人より先に知り、その蓄積があるというだけでで、すべての物事を同じように熟知しているわけではない。

何か新しい物事を始めようとする際に、「年が若いから」とか、「もう若くないから・・・。」という議論は、そもそもナンセンスなのだ。

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